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「こんな夜更けにバナナかよ」主演の大泉 洋って一体どんな人?

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「こんな夜更けにバナナかよ」主演の大泉 洋って、一体どんな人?

 

ご存じ!大泉 洋といえば、今や北海道を代表する役者であり、

その活動範囲はバラエティから歌や映画、ドラマに声優、CMに至るまで、

非常に多くのジャンルをこなすマルチプレイヤーとしてその名を轟かせていますよね。

 

もうテレビで見ない日は無いというくらいに全国に知れ渡った名(迷?)タレント

大泉 洋とは、果たしてどんな人物なのか?

少しだけ紐解いてみたいと思います。

 

「こんな夜更けにバナナかよ」主演

12月28日公開の「こんな夜更けにバナナかよ」

2018年最後の公開映画です。

 

筋ジストロフィーに侵された患者のわがままで、

周囲が振り回されるって映画だそうです。

 

ななんと、実話だそうです!

第25回講談社ノンフィクション賞&第35回大宅壮一ノンフィクション賞をダブル受賞した渡辺一史の名著「こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち」

主人公は筋ジストロフィーに侵された患者の鹿野靖明さん。

鹿野靖明さんが暮らしていた札幌や、美瑛・旭川など

オール北海道ロケで撮影が行われたようです。

大泉 洋さんのはまり役です。

 

大泉 洋ってどんな人?(幼少期~大学生まで)

 

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大泉 洋(本名同じ)は、1973年(昭和48年)4月3日に

北海道江別市大麻にてこの世に生を受けました。

 

学校の校長などを歴任した父と中学校の教員をしていた母という、

教員夫婦の間に生まれました。

 

小学生の頃にはすでに人を笑わせることに目覚め、

とにかく面白いことを言ったりやったりという子供時代を過ごしていたようです。

 

これは幼いころから父親の運転する車の中で、よく落語が流れていて、

それを聞いて育ったことが影響しているようです。

 

幼少期の大泉 洋はいわゆる、ギリギリまで何もしない少年で、

例えば夏休みの宿題や工作なんかも、思いっきり夏休みをエンジョイしまくって、

登校日の前日に慌てて泣きながらやるということを繰り返していたようです。

 

ちなみに余談ですが、その癖は大人になった現在も治っておらず、

よく締め切りギリギリで慌てたり、締め切りを何度も延期してもらうなどをして、

しまいには事務所の会長から直々にお叱りを受けた経験もあったようです。

 

また、ちょっと変わったエピソードとして、小学校4年生くらいの頃、

夏休みの工作でなぜか、「自殺マシーン」というとんでもないタイトルの工作を作成。

 

学校に持っていったら、夏休み中に同級生のお父さんが亡くなられた事実を聞かされ、

全く提出できない代物になってしまったというトンデモエピソードも。

 

そんな大泉 洋も札幌にある真駒内中学校から札幌藻岩高校へ進学後、

2浪してTEAM NACSと出会うこととなる北海学園大学の経済学部経済学科へと進学し、

大学生となることととなりました。

 

大泉 洋って、どんな芸能活動してきたの?(大学生~現在)

 

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大学生のころ、幼少期から聞いていた落語に魅了されて

落語研究会に入ろうと考えていた大泉 洋でしたが、

あいにく大学には落研がなかったため、その代わりに演劇研究会へ入ることに。

 

そこで、後にTEAM NACSとなるメンバーと運命の出会いを果たし、

演劇ユニットとしての活動に入ることになります。

 

また、TEAM NACSとして本格的に活動する前、

同じTEAM NACSの森崎 博之から薦められた劇団の舞台へ出演。

 

その舞台が評判となったことで、大泉 洋の所属事務所で現在会長を務めている

鈴井貴之(ミスター)が当時やっていた劇団の団員に認められて、

現在の事務所であるCREATIVE OFFICE CUEへと所属することになります。

 

その後、鈴井貴之の指示の下、北海道テレビで当時放映されていた深夜番組、

「モザイクな夜V3」に出演したことで、そこから大泉 洋の本格的な芸能活動がスタートしました。

 

また、大泉 洋自身は、テレビなどで「あまり下積みがなかった」というニュアンスの話をすることがありますが、

実際にはごく短い期間、下積みともいえる、大泉 洋曰く「ひどい仕事」と言わしめる仕事も

半年ほどやっていた時期がありました。

 

その仕事というのが、モザイクな夜V3の中で大泉 洋がやっていた

「元気くん」というキャラクターです。

 

とっくりセーターの胸部分がハート形にくりぬかれたものを着せられ、

乳首丸出しで夜の繁華街を歩かされたという話があります。

 

このモザイクな夜V3が終了したのちに始まったのが、今や日本全国で多くの人が知っていて、

地元北海道ではカルト的な人気を得ている名番組、「水曜どうでしょう」でした。

 

この水曜どうでしょうという番組は、深夜番組としては異例中の異例ともいえる、

最高視聴率18%超を叩き出すという、とてつもない番組となりました。

 

この番組へ出演したことで、大泉 洋の知名度はとてつもないスピードで上がっていき、

それまで普通の演劇好きな大学生、ちょっと芸能界をかじっている大学生という次元だったのが、

一躍スターダムへと昇り詰めるきっかけとなりました。

 

その後は、東京にある芸能事務所とも業務提携し、

様々なドラマや映画などで活躍していくこととなります。

 

特に、救命病棟24時は、大泉 洋の初ドラマ出演作品であり、

記念すべき作品といえるのではないでしょうか。

 

また、千と千尋の神隠しでの番台ガエルの声やCDの発売、探偵はBARにいるシリーズの主演、

最近ではゲーム機のCMや胃薬のCMなどでもよく見かけるようになりました。

 

この様に、とても一言では語りつくせないほどの活動を見事にやりきっている

大泉 洋の活躍ぶりは、注目せずにはいられないのではないでしょうか。

 

つまりは大泉 洋ってこんな人なんだね!

ここまで色々と幼少期から現在に至るまで書いてみましたがいかがだったでしょうか?

 

落語を幼いころから聞いていたことが、現在の大泉 洋の活躍の根底に存在しているのは、

いまの大泉 洋のバラエティなどのトークを聞いていると、端々から感じ取ることができるのではないでしょうか。

 

また一方で、役者をはじめ、これだけ多くの活動をこなし、さらにその上で今でも

水曜どうでしょうのディレクター陣からむちゃくちゃなロケを振られて、それらもやり切ってしまう大泉 洋。

 

そのエンターテイナーとしての凄さというのは、まだまだこれからも伸び続けていくのではないかと思います。

 

そして、やはりこのエンターテイナーとしての凄さの根底には、幼少期からの落語の影響があり、

人を笑わせる、楽しませることの楽しさをよく知り尽くしている、

「大泉 洋にしかできないエンターテイメント」というのが、確実に存在している気がしてなりません。

 

これからの大泉 洋のさらなる活躍に大いに期待していきたいですね。

 

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