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沖永良部島 祖父母の故郷に行ってみたらこんなとこ!

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沖永良部島の街角

沖永良部島(おきのえらぶじま)は、沖縄の北70Kmに位置する小さな島です。車で30分あれば、島を1周できます。

鹿児島県の奄美群の島の1つですが、鹿児島本島より沖縄の方が位置的には近く、文化も沖縄の影響を大きく受けています。

 

私の祖父母が生前暮らしていた島です。

子育てをして初めて、自分のルーツを考える、意識することが増えました。

切っても切り離せない、私の中にはえらぶの血がしっかり流れているんだな~と最近つくづく思います。

(地元の人は、略してえらぶと言います。)

 

両親もえらぶで生まれ育ちました。

幼少期の頃には鹿児島本島に移り、学生の頃には神戸へ家族で移住してきたそうです。

私たち子どもも、神戸で生まれ育ち、あまりえらぶの事を意識せずにいました。

阪神大震災後、祖父母は地震は恐すぎるからと言って、えらぶに帰っていきまた。

 

私がえらぶに行ったのは2回です。

社会人1年目の夏休み3泊と、祖父が亡くなって祖母をなぐさめに行った1週間です。

 

前置きが長くなりましたが、祖父母との思い出とともに、えらぶのオススメ!ベスト5をご紹介します。

 

第5位 マンゴーに感動

永良部島のマンゴー

えらぶの食べ物と言えば、豚肉です。

商店街のお肉屋さんには、豚一匹が解体されて吊るされていました。

祖母の得意料理は、スペアリブで、神戸にいた時から祖母の家に遊びに行くといつもスペアリブを作ってくれていました。

食卓に、普通に豚足が置いてあったり、豚肉のチャンプルはなぜか、えらぶで食べるとめちゃくちゃおいしく頂けました。

 

マンゴーも絶品です。

本島では高価ですが、えらぶでは立派なデパートに売っていそうなものが普段用に食べられます

。近所のおばちゃんが、私の顔を見に手土産でくれました。

青空の下、半分に割って、スプーンですくって食べた味が忘れられません!

 

最後は大好物の黒糖ピーナッツです。

ピーナッツやくるみなどのナッツ類に黒糖がまぶしてあるだけのお茶菓子ですが、無性に食べたくなります。これも祖母の食卓にはいつも常備してありました。

 

やはり熱い地域だからでしょうか、灰汁(あく)の強い食べ物をよく食べます。

結婚して、食事を毎日作るようになってから気付きましたが、私は灰汁抜きをほとんどしません。母が以前、『灰汁がおいしいのよ、もったいないから灰汁抜きはしない』と言っていました。

えらぶの血筋だから、灰汁に強いとわかってからは、主人や子どもたちの様子を見て加減しながら、調理するようにしています。

 

第4位 タラソテラピーで『ちゅらぐわな娘さ(美人な娘)』

なんと言っても、えらぶの海はきれいです。

その海水を利用した温水のプールがあります。

感触がなんとなく柔らかくて気持ちよかったです。

えらぶは、観光客はあまりいないので(昔、えらぶは自給自足でなんとか生活できた島だったので、他の島に比べ観光地として栄えなかったそうです)地元のおじいちゃん、おばあちゃんだらけの中で、『ちゅらぐわな娘さ(美人な娘)』ともてはやされ(笑)、気分まで良くなりました。

ひとしきり、プールで遊んだ後は、エステも受けられます。東京で修行して、えらぶに帰ってきたという方に私は施術してもらいました。

しっかり全身マッサージをしてもらい、その晩はよく眠れたのを覚えています。

 

第3位 人

沖永良部島のサトウキビ

 

気候のせいか、穏やかな時間が流れているせいか、人が温かいです。

初対面でも、人懐っこいような、思わず笑顔になってしまう、そんな人ばかりです。

えらぶの人と話していると、人生で余分な物と、必要な物がよくわかるようになります。

昼間からおじさんたちは食堂に集まり、ビールを飲んで、気付いたらそのまま食堂で昼寝をしていました。

なんて自由な…と私は口があいたまま眺めていたのを思い出します。

そういえば、時計を気にして生活をしていませんでした。祖父母も外が明るくなったら、自然と起きだし、外が暗くなったら眠るという生活パターンになっていました。

 

祖父は自由な人でした。

孫の私が遊びに来たというのに、「おっ」と手を挙げ挨拶だけして気が付いたら、家にはもういないのです。お気に入りのラジオと電動車いすに乗って、友達の家におでかけしていました。

私の父もかなりの自由人で、学生の頃はその勝手さに腹立たしさを覚えたものです。

祖父の自由さを目の当たりにし、遺伝には逆らえないなと、妙に父の事をすっと受け入れられるようになりました。

 

第2位 景色

沖永良部島の海と空

 

目の前の視界半分は、空の青さです。

本当に視界半分が空なのです。

あんなに近くに空を感じたことはありません。

 

祖母の家の庭に腰掛けて、前を見ているだけで何時間も過ごせました。

途中で、愉快な音色とともにパトカーが停まって、祖父母の安否確認に来てくれました。えらぶでは、犯罪などはなく、警察の仕事は、パトロール安否確認だと祖母が言っていました。

 

祖父のお墓は、えらぶの中で一番見晴らしの良いところにありました。えらぶでは、ご先祖様が
一番良いところにとお墓を立てるそうです。

祖父のお墓参りをして、もうすぐ帰らなければいけない時、祖母が『いつでも戻ってきたらいい
よ。ここにいるからね。』と言ってくれました。

 

その頃、集中治療室で看護師として働いていた私は、普段の時間の流れと全く違う世界があることを知って、また戻ってちゃんとやれるのだろうかと不安に思っていたので、そんな心を祖母に見透かされつつ、応援してくれているのだと、あったかい気持ちになりました。

 

ダイビング

海がとてもきれいで、観光地としてあまり栄えてこなかったので、知られざるダイバーたちのスポットとして有名のようです。

体験ダイビングで十分楽しめます。

私は前日に予約をして入れました。

1対1のマンツーで教えてもらえたので、私のペースで過ごせますし、その日は特に絶景だったようで満足な1日でした。

後でダイビングのライセンスを取って、各地を周っている先輩に話したら、うらやましがられた程でした。

まとめ

沖永良部、私の原点です。

性格や性質、ここに深く根付いていることが子育てをしながら、よくわかってきました。

祖父母はもういませんが、いつか子どもたちと家族で、えらぶに行きたいと思います。

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